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気配

今月はどんぐりパーカッションズの活動が濃密にあったことと、新しい現場での演奏活動が重なって、ものすごく多くのことを感じる1ヶ月です。勉強になることが多い、充実した時間を過ごせた、、かな?

特に今月、オイラの中で強く考えるテーマとなっていることは『気配』。『デリカシー』『アンテナ』『呼吸』とも言い換えることも出来るかな?もっとスピリチュアルな次元についての事なんだけど、言葉にすると『気配』が一番しっくりきます。

音楽をみんなで創る上で欠かせない感覚である『気配』。周りの気配を感じる皮膚感覚や周りに影響を与えるベクトルが、オイラの気持ちいい音楽活動の中ではものすごく大きな割合を占めていることを気づかせてくれたステージをいくつも体験しました。

『気配』とは自己中心的な場合もあって、それはデリカシーというレベルで感じます。オイラ的にデリカシーの感じられないプレイヤー(プレイヤーごとに大事にしているデリケートな部分が違って、そこがずれていると感じる感覚です。決してデリカシーがないんじゃないと思いたい)と一緒に音を出すことはとてもストレスに感じます。

いい演奏やいい音楽は一種の奇跡です。だからこそ幸せの極致だし、その場に居合わせることの出来た感動は人生の宝になるほど。そしてそんな、時間がとまったような奇跡の瞬間には、生物としての『気配』が支配していると確信しています。

今月はストレスを感じることが多いためか、発信・受信、気配を殺すことが自在に出来るならば、そしてそんなプレイヤーが集まって音楽を創造できるならば、どんなに気持ちがいいだろう!と夢見るように感じる毎日です。

携帯を操作しながら歩いている時のデリカシーのなさや、視力が不自由な方が街を歩いている時の、気配を察しようとするアンテナ。自分の発した音がゴミ箱にすてられるように扱われる空しさや、逆にプレイヤーやお客さまに浸透していく気配を感じる幸せ。

大きなテーマなので言葉をまとめることができませんが、オイラがストレスを感じた『気配』のないステージは、オイラの未熟さの告白に他なりません。自分の理想の唄を唄うためにはもっともっと崇高で澄みきった『気配』を身に付けなければいけないと感じているところです。

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どんぐり2007

そうたくんが楽しんでくれた、どんぐりパーカッションズのコンサートが終わり、ホッと一息のオイラです。UNZARIで数々の修羅場や人間関係、傷を負っては治すたくましさを備えてきた僕らのサウンドは、実はUNZARIではなく、どんぐりこそが真の姿かも知れません。そのくらいに「園児」というお客(しかも「パーカッション」すら知らない)は残酷で且つ飽き易く、本番の最中に押し寄せてくる無言の『ダメ出し』は修行に他なりません。
でも子供たちの素直な笑顔は多くの元気をくれます。強くなったどんぐりは、アクビをしていたりシンバルにびっくりして泣き出す子供の生命力も食い尽くして、エネルギーに換えてしまうほどの強さを備えていると感じ、オイラは至福のステージを満喫しました。

今月はどんぐりほか、UNZARIメンバーでの活動が集中していて、けこがいないことすら忘れちゃうくらいの多忙さですが、次の幼稚園ではコンサート終了直後に子供たちが全員、疲れきって寝てしまうほどの『LIVE』にするつもりで準備進めています!楽しみだな!

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